アンチボディ DVDジャケット

凶悪殺人犯と捜査する者の心理ゲームっていう構図は、
『羊たちの沈黙』の成功からこのテのジャンルでは十八番になってて、
この構図があるだけでなんとなく、スリリングな気持ちになっちゃうから不思議。

この『ANTIBODIES-アンチボディ-死への駆け引き』もまた、
そういう心理ゲームなサイコスリラーです。
*スプラッター要素はないんだよ

雨が降る夜のベルリン。
古ぼけたアパートに、通報を受けた二人の警官がやってくる。
通報された部屋の中に潜むのは、連続児童殺人犯ガブリエル・エンゲル。
アパートの外は、警官や特殊部隊が集まってなんとも物々しい雰囲気だ。そんな中、
ついに突入を開始…というところで突然の室内からの銃撃。
次の瞬間、部屋から全裸の男が飛び出す。彼は廊下を走り抜け、窓を突き破り、ア
パートの外に飛び降りるが、当然のことながら身体を強く打ち怪我だらけに。それ
でもなんとか逃げようと、地面を這いずっているところを逮捕される。
全裸の男ガブリエル・エンゲルに、全く悪びれる様子はなかった。

ところ変わって、こちらはベルリンから遠く離れたのどかな農村ヘルツバッハ。
連続児童殺人犯逮捕のニュースに村人はホッと胸をなでおろす。
この村では1年ほど前にルシアという少女が惨殺される事件があり、ガブリエルが
犯人だと考えられていたからだ。
だが村で唯一の警察官ミハエルはどうも確信がもてない。彼はルシア惨殺事件以降、
家庭を顧みずに捜査に没頭。家庭内はぎくしゃく、おまけに村人まで疑いだす始末
で、煙たがられていた。さらに息子は13歳になるというのにおねしょはするし、学
校でも問題起こす。そんな思春期の息子にミハエルは困惑していた。
しかも最近、ミハエルはルシア事件の悪夢ばかりで、よく眠れずにいた。
それもこれも、ガブリエル・エンゲルがルシア惨殺を黙秘するせいだ。こうなった
ら自分で尋問するしかない、とミハエルは決心する。
一方ベルリンでは、ガブリエルが黙秘を始めたせいで手詰まり状態のセイレル刑事
が、ミハエルの尋問要請を受け入れる。もちろん、田舎の警官に誰も期待はしてい
なかった。

ついにガブリエルと対峙するミハエル。ガブリエルはミハエルの純朴そうな様子に
興味津々で、ついに口を開く。
ベルリンの刑事たちはガブリエルが会話を始めたことに衝撃を受け、ミハエルはガ
ブリエルの意地悪な質問にうろたえる。
そして、ガブリエルが仕掛けたサディスティックなゲームが幕を開けるのだった…。

【楽しめるかも】

  • サイコスリラーっていうジャンルが好きなひと
  • 連続殺人鬼って聞くとわくわくしちゃうひと
  • 『ケース39』をみてたのしめたひと

【楽しめないかも】

  • サイコスリラーは現実感がなきゃだめさってひと
  • 宗教ってきくとじんましんがでちゃうひと

 

序盤からクライマックスまで、じっくりではあるけど、なかなかのサイコサスペンスっぷりが楽しめました。
全体に漂う不穏な空気と、捜査過程の地味な展開が眠気を誘う瞬間もありますが、サイコサスペンスはそういう瞬間がつきものなので問題なし。

サイコサスペンスのお手本映画のひとつ『羊たちの沈黙』が、「レクター博士のカリスマティックなキャラクターと、危うげだけど芯の通った新米捜査官クラリスの師弟とも恋愛とも見えるような優雅さで魅せる」のに対し、こちらは「連続児童殺人犯ガブリエル・エンゲルの放つ異様で悪意に満ちたキャラクターに感化される純朴な田舎警官ミハエルが信念を揺るがされ極限まで追い込まれる精神の追迫劇で魅せる」。
クライマックスは自然の中のゆったりとした映像とスピード感のある映像が入り混じって、独特のハラハラ感も味わえました。

ただ、ラストがちょっと、いや、すごく、ファンタジーになったのでびっくりした。
個人的にはこのエンディングはありだとは思う。だけど苦手というか、これはないわー…って思う人もいるに違いないぜ、うん。

アンチボディ1

主人公のミハエルは、敬虔なカトリック信者。
彼の信念はルシア惨殺事件をきっかけに揺らぎ始め、それは殺人鬼ガブリエルとの対話によって決定的になった。
今まで当然のように信じていた善と悪の価値観が崩壊し、わからなくなる。
人は生まれながらにして善ではなかったのか、悪とは何なのか。
ガブリエルは言う、「悪はウイルス」だと。
そして「お前はもう感染した」と。
のどかな田舎町で犯罪とは無縁の人生を歩んできた主人公が、純粋で絶対的な悪と向き合って初めて気づいた、自分の中に存在する悪。
自分とガブリエルは同じではない。だがその違いは…なにが自分たちを隔てているのか。

凶悪殺人犯と捜査する者という状況の物語は、どうしても『羊たちの沈黙』を思い起こすんだよね。それで、二番煎じみたいな、どこか安っぽさが出ちゃう。
でもこのアンチボディで特徴的なのは、犯人であるガブリエルがレクター博士のような超越した絶対的存在ではなく、純粋な悪として善に対し真っ向からケンカ売っているところ。
彼の信念は、「自分のような悪でさえ神が作り出した。自分は罪など犯していない、神が作ったように生きただけだ」というもの。
こういう価値観はそれこそ、性悪説としてずっと語られてきたことで、サイコスリラーものでは定番なんだよね。
それでも何度も語られるのは、それが人間にとって永遠のテーマだからかな。
 

そんなありがちなストーリーを魅せるのが素晴らしい脚本と、監督の手腕。
どちらもクリスティアン・アルヴァルトによるものです。彼はこの作品が劇場用長編映画2作目。
作品のそこらじゅうに複雑に伏線を張り巡らせて、主人公の深層心理の変化もじっくりと描きながら、ベストなタイミングですべてを集約させる…お見事です。
農村の温かみある風景とベルリンの町と監房・医療設備のもつ冷たさの対比は、まさにミハエルとガブリエルの対比であり、善と悪の対比。
そしてそれをつなぐのが、この事件のポイントにもなっていた横一列に並んだ四角形。このモチーフは事件のポイントになるもの以外にも、作品のなかの様々な部分に登場している。
そんな緻密なストーリーと、工夫された映像が相まって、飽きずに見ていられました。
この作品で高く評価されたアルヴァルト監督は、レニー・ゼルウィガー主演の『ケース39』と、デニス・クエイド主演『パンドラム』でハリウッド進出しました。これからが楽しみなイチオシの監督です。

アンチボディ2主人公ミハエルを演じるのは、スタンフォード大学の心理実験をモチーフに描かれた『es [エス]』にも出演していたヴォータン・ヴィルケ・メーリング
ミュージシャンから役者に転向した、ドイツでは人気の俳優。元ミュージシャンだからって甘く見ちゃいけません、超演技派なんです。この作品でも、善悪の境界に思い悩むミハエルの理性が次第に崩壊していく様子を、しっかりと演じきってます。

また、刑事セイレルを演じるハインツ・ホーニヒも、アルヴァルト監督が彼の大ファンだったことから彼のために描いたキャラクターというだけあって、熱血漢で人間味のある役柄をさすがの貫録で魅せてくれる。

でも誰よりも異彩を放つのがアンドレ・ヘンニック。連続殺人鬼ガブリエル・エンゲルその人です。
彼は、『ヒトラー ~最期の12日間~』のヴィルヘルム少佐役で知られるかなり個性的な役者。この『アンチボディ』では、どことなく神経症的で妖しげな連続殺人鬼を熱演。その圧倒的な存在感はアンソニー・ホプキンスにだって負けてないかもしれないね。
なんとこのヘンニック、子供のころに動物を虐待死させたという逸話の持ち主で、もともと連続殺人鬼に物凄く興味を持ってたんだって。それで、このガブリエル役を熱望してアルヴァルト監督に猛烈アピールしたのだとか。それも納得の怪演でした。
ちなみに彼、『パンドラム』でも個性的な役で出演してました。主人公たちを襲ってくるハンターのリーダー役です。ほんと、怪演俳優だよね。

アンチボディ3あと、これは言っておかないと。
冒頭でガブリエルのアパートにやってくる警官の一人が、『処刑人』や『ウォーキング・デッド』で大人気のノーマン・リーダスだったりします。

こうしてみると、キャストもなかなかに豪華だよね。

 

さてこの作品、善だ悪だ言いましたが、信仰心がテーマで、強烈な宗教色に彩られています。

特に象徴的なのがクライマックス。
ここで創世記の「イサクの犠牲」が引用されるんだよね。
「イサクの犠牲」はアブラハムが神に信仰心を試されるっていう超重要エピソード。映画やドラマによく出てくるテーマで、知っておくと役立つかもなので簡単に書いとくと…

イスラエルの民の祖アブラハムに待望の息子イサクが生まれる。
だが神はアブラハムの信仰心を試すために、イサクを生贄として捧げるように言った。
信仰に厚いアブラハムは苦悩の末に息子を神に捧げることを決意、イサクにナイフを突き立てようとする。そのとき天使が現われそれを止め、「お前がどんなに神を恐れているかわかった、愛する息子ですら捧げることを惜しまなかったのだから」と、神の言葉を伝えた。
アブラハムが辺りをみると角が茂みに引っ掛かっている牡羊を見つけたので、その牡羊を神に捧げる。すると天使は再び神の言葉を伝えた。
「あなたを豊かに祝福し、子孫を増やそう。子孫は敵の城門を勝ち取るだろう。地上のすべての民はあなたの子孫によって祝福を得る」

この「イサクの犠牲」のエピソードが、クライマックスにがっつり絡んでくる。
それまでじっくりサスペンスを進めてきたのが、そこでいきなり宗教的奇跡によってファンタジックになる。やりすぎってくらいに。
でも「信仰が大事だ!!」っていうテーマのを大仰にアピールする演出として、あれがベストなのかなと。

この作品の原題は「抗体」という意味の「Antikorper」。
おそらく、凶悪殺人犯ガブリエルの「悪はウイルス」に対しての「抗体」のことだと思う。
そこに、主人公ミハエルが思い悩んだ善と悪の境界についてが関係してくる。
ガブリエルのような悪を生み出したのもまた神である。善なる心にも悪が潜む。ではなにが善と悪を隔てるのか、自分の心にも存在する悪から身を守るのは何か。

クライマックスに「イサクの犠牲」を持ってくることで、その答えを提示しているわけです。
つまり、悪から身を守るのは「信仰心によって得られる、祝福」だと言ってるのです。「信仰心によって得られる祝福が、抗体となって善なる心を守る」っていうことが言いたいのでしょうね。
そんな宗教色の濃い作品だからこそ、あのエンディングで「信仰心の勝利」を演出してるわけです。

アンチボディ4日本人にとっては、こういうキリスト教的な感覚ってあまりなじみがないので、ここまでサイコスリラーに描いてなんでそうなっちゃうの…と感じる人も多いんじゃないかと思います。
でもこの作品、宗教や信仰といった概念が日本よりはっきりしている外国では、おおむね評価が高い。
それは「善悪の葛藤」からの「信仰心の勝利」っていう展開はもっとも基本的であり、彼らの好みなんだろうね。

というのもこの作品、一度はハリウッド版リメイクの話もでたのです。
スリザー』や『エクトプラズム 怨霊の棲む家』でプロデューサーのアシスタントしてたケヴィン・ワーナー(ほぼ無名のひと)が原案をまとめていて2010年公開って話だったけど、そのまま立ち消え状態になってる模様。
ラストから宗教色をとれば、だいぶ見やすくなるだろうから、ぜひリメイクを実現させてもらいたいんだけどね。

と、まぁそんなわけで、後半に向けてどんどん宗教くさくなりますが、サイコスリラーとしてなかなかのクオリティなので、ぜひ一度みてほしい作品であります。
 

Written by はるひさ[@haruhisa1212](部長)
2012年5月19日 ブログ掲載

 

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